マインハルト・ニーダマイヤー(フルート)
Prof. Meinhart NIEDERMAYR
1941年ウィーンに生まれる。ウィーンの演奏様式を確立した偉大な父、ヨセフ・ニーダマイヤーの手ほどきにより6歳からフルートを始める。
1955年14歳でウィーン国立音楽大学に入学、ハンス・レズニチェック教授に師事。在学中の1957〜1961年、ウィーン国立歌劇場およびウィーン・フィルのエキストラとして、ワルター、アンセンルメ、クナッパーツブッシュらの巨匠の指揮のもとで演奏する。1962年最優秀で卒業。同年ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮のもとJ.S.バッハのブランデンブルク協奏曲でソリストデビュー。
1961年(在学中)、弱冠20歳でウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に入団、1968年に首席フルート奏者に就任。団員として世界各国を演奏旅行のほか、数多くの演奏会、ラジオ、テレビでのレコーディングなど幅広く活躍、団員からの信望も厚く1984年から1993年の10年間にわたり、ウィーン・フィルの副楽団長を務める。
在団直後の1962年、ザルツブルク音楽祭において、カラヤンの指揮で「薔薇の騎士」の1番フルートを演奏。1963〜1969年、ボスコフスキーアンサンブル、ウィーン八重奏団とシュポアのノネットなどを録音。アンサンブルコントラプンクテのメンバーなど、ウィーン・ムジークフェラインで数多くの演奏会を行う。1970年、宮廷楽団団員となる。
また、ウィーンの演奏様式を継承することを目的とするフルートのための「バーデンマスタークラス」の創始者であり、後進の指導にもあたっている。1988年からウィーンコンセルヴァトワール教授を務め、多くの育ててている(現在は退任)。
2002年4月、ロリン・マゼール指揮のウィーン・フィル定期公演およびヨーロッパツアー(ロンドン、パリ他4公演)でソリストとしてJ.S.バッハの管弦楽組曲第2番を演奏し、各地にて大成功を収める。2003年9月、後進に道を譲るべくウィーン・フィルを退団、現在ソロ、室内楽など幅広く活躍中。
マインハルト・ニーダマイヤーは、「黄金期」のウィーン・フィルで演奏した経験を持つ現役唯一のフルーティストであり、銀のフルートによる”真のウィーンの響き”を奏でられる最後のフルーティストといわれている。

1982年 オーストリア政府より、文化芸術名誉十字勲章を授与される。
1985年 ザルツブルク市より、金功労賞賞のを授与される。
1987年 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団から、名誉リング(指輪)を授与される。
1993年 オーストリア政府より、「プロフェッサー」の称号を授与される。
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